仮想マシンとの出会い

2017年は暗号通貨バブルだった。自作PCマニアだった僕もGPUを購入してマイニングしていた。しかしマイニングリグを組むとせっかくの高性能なGPUはマイニング専用になってしまう。物理的な換装に依らず自己使用する方法として仮想マシン・GPUパススルーの存在を知った。それまでlinuxに触ったこともなかったがzgock氏のスライドを精読して試行錯誤すること数ヶ月、なんとか形になったのはバブルも末期の2017年の冬だったと記憶している。マイニングのほうはほどなくコスト負けするようになって止めてしまったが。

あれから7年、仮想マシンのほうはX58からX299に至るこんにちまで使い続けている。だがバックアップの自動化までは手が回らなかった。次第にバックアップの間隔も長くなり、しまいには年単位にまでなってしまっていた。ほとんどノーガードである。そして2024年4月26日の夕刻、事故は起こるべくして起きたのだった。ホストとゲストのSSDを取り違えてddコマンドを実行してしまい、2022年以降のイメージファイルを失ったのだ。誤削除は今回が初めてではない。前回は導入当初にrmコマンドで2003年から2009年までのイメージファイル、AthlonXP2500+で凌いだ20代前半の記録を失っていた。それに比べればクラウド化が進んだ2024年にあって、ダメージはだいぶ軽減されたと言っていいが、あるべきはずのものがない→あのとき消えたのか、がしばらく繰り返されると思うと暗澹たる気持ちになる。

カーバー

カーバーとは、小学3年で自分で考え中3まで通用したニックネームである。あれから30余年、当時のオ↑レ↓にあやかって再びカーバーの二つ名で活動を開始するものである。

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